| G=E・ドゥボール | SIの中心人物。著書に『スペクタクル社会』、映画作品に『サドのための叫び』等。 |
| アスガー・ヨルン | デンマーク生まれの画家・思想家・人類学者。前衛芸術運動「コブラ」の創始者。61年SIを脱退。 |
| ミッシェル・ベルンシュタイン | レトリスト・インターナショナル参加後、57年SIの結成メンバーに。54年にドゥボールと結婚。67年に脱退。 |
| アンドレ・フランカン | ベルギー出身。61年に脱退。 |
| ルネ・ヴィエネ | 63年にSIに加入、71年2月に脱退。著書に『占拠運動における<怒れる若者たち>とシチュアシオニスト』。転用映画に『タオイストの家での血』『ミネルヴァの鳥』(香港カンフー映画『クラッシュ』を転用)。 |
| ワルター・オルモ | 「イマジニスト・バウハウスのための国際運動」(MIBI)の工房で音楽の実験を行なった。58年除名。 |
| ピエロ・シモンド | MIBIに参加。論文に論文「具象芸術の一般論のために」がある。58年除名。 |
| エレーナ・ヴェッローネ | MIBIに参加。論文に「民主主義的目的の建築の役割」がある。58年除名。 |
| ラルフ・ラムネイ | 「ロンドン心理地理学委員会」のメンバーとしてSIに参加。58年3月除名。 |
| ジョルス・メラノッテ | 60年除名。 |
| グラウコ・ヴェルリッヒ | 60年除名。 |
| ジュゼッペ・ピノ=ガッリツィオ | イタリアの画家、陶芸家、薬剤師、考古学者、地方議員、ジプシー研究家。「工業絵画」の制作を中心に活動。60年除名 |
| ハンス・プラチェク | 59年2月除名。 |
| エルヴィン・アイシュ | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ロッター・フィッシャー | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ルネ・ネレ | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ハイムラート・プレム | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ヘルムート・シュトゥルム | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ハンス=ペーター・ツィンマー | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ディーター・クンテェルマン | ドイツ「シェプール」グループのメンバーで59年のミュンヘン大会からSIに参加。62年に除名。 |
| ウーヴェ・ラウゼン | シュプール派から距離をおいて61年にSIに参加。63年から新しい機関紙『ドイツ思想』を発行するがその年の10月に除名。 |
| ハインツ・ヘフル | 60年脱退。 |
| グレーター・シュタードラー | 62年除名。 |
| ゲオルグ・ケラー | 詳細不明。 |
| コンスタント・アントン・ニュウヴェンホイス | オランダの画家・彫刻家。「オランダ実験グループ」「コブラ」「SI」に参加。「ニュー・バビロン」と名付けた都市計画のマケットを作り続ける。60年夏、脱退。 |
| アルマンド | 60年春に除名。 |
| ハル・アウデヤンス | 60年春に除名。 |
| A・アルバーツ | 60年春に除名。 |
| ジャックリーヌ・ド・ヨング | オランダ国籍。62年除名。以後、63年に「シチュアシオニスト・タイムス」からヨルンと共同で「迷路」についての資料集を出版。 |
| アッティラ・コターニィ | ハンガリー国籍。63年10月、ヨルゲン・ナッシュを擁護したことを理由に除名。 |
| ラウル・ヴァネーゲム | ブリュッセル自由大学でロマンス語文献学を勉強後、SIに加入。70年脱退。著書『若者用処世術概念論』。 |
| モーリス・ヴィッカール | 61年除名。 |
| アンドレ・フランカン | 61年脱退。『アンギュマン』誌に「W・ライヒと性の経済学」「党、日常的なもの」を発表。 |
| ヤン・ストリィボッシュ | オランダ国籍。中央評議会のメンバーとして活動し、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』誌第8号と9号の編集委員を務める。66年7月除名。 |
| ルディ・レンソン | 66年脱退。 |
| ステファン・ラーソン | スウェーデン国籍。62年3月除名。 |
| カティア・リンデル | スウェーデン国籍。62年3月除名。 |
| ヨルゲン・ナッシュ | デンマークの詩人・芸術家。59年からSIに参加するが、「バウハウス・シチュアシオニスト」結成の為、62年3月分派宣言を行ない、除名。 |
| アンスガー・ヨルデ | スウェーデン国籍。ナッシュと共に「バウハウス・シチュアシオニスト」を結成し、SIの分派活動を行なったため、62年除名。 |
| イェッペセン・ヴィクトール・マルティン | デンマーク国籍。『シチュアシオニスト革命』の編集長を務める。72年の解散まで除名も脱退もしなかった数すくないメンバー。 |
| ハーディ・ストリッド | スウェーデン国籍。62年3月除名。 |
| アンブロシウス・フィヨルド | ヨルゲン・ナッシュと共に「バウハウス・シチュアシオニスト」に参加。 |
| パトリック・オブライエン | ヨルゲン・ナッシュと共に「バウハウス・シチュアシオニスト」に参加。 |
| ペーター・ラウゲゼン | デンマーク国籍。63年10月除名。 |
| アブドゥルハフィド・ハティブ | アルジェリア出身、パリで生活していたと思われるがSIのアルジェリア・セクションのメンバー。60年脱退。 |
| ムハンマド・ダフ | アルジェリア生まれ。パリでレトリスト・インターナショナルの中心人物として活動。Sl結成後、59年に脱退。 |
| アレクサンダー・トロッチ | イギリス国籍。55年にLIに参加。SIの中ではセクション無所属で、61年以降SI中央評議会のメンバーとして活動。60年、米国で麻薬所持の疑いで逮捕されたトロッチのためにSIは逮捕を糾弾する決議を行なう。64年秋、自らが推進していた文化運動「プロジェクト・シグマ」の最初の刊行物発行のため、SIを脱退。 |