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スキー研究

以下のスキーヤー(語尾にスキーが付く人物の総称)たちの研究論文、ファンレターを募集します。
新しいスキーヤーの発掘もお願いします。

アロノフスキー、
ダーレン
(1969〜)
映画監督。ニューヨーク・ブルックリン生まれ。98年『π』でサンダンス映画祭最優秀監督賞を受賞。
ウォシャウスキー、
ラリー&アンディ
(65、68年)
映画監督。アメリカン・コミックの名門マーヴィル社に入社し雑誌編集、マンガ原作を手掛ける傍ら脚本を書き始める。94年に脚本を書いた『マトリックス』を99年に自ら映画化させ、大ヒットさせる。
ウスペンスキー、
P・D
20世紀初頭のロシアの神秘思想家。1911年に『超宇宙論』を執筆し、宇宙の新しいモデルを提示する。
ヴィアゼムスキー、
アンヌ(1947〜)
フランスの映画女優。作家モーリアックの孫娘。哲学を学んでいるときにブレッソンの『バルタザールどこへ行く』でデビューしてゴダールの目にとまる。67年にゴダールと結婚。『中国女』『万事快調』『テオレマ』
ヴヴェジェンスキー、
アレクサンドル
1904〜41)
ロシアの作家。卓越した手法で人生の恐怖をグロテスクに描く。『イワーノフ家のクリスマス・ツリー』他
カネフスキー、
ヴィターリー(1935〜)
映画監督。60年に国立映画学校に入学。66年に犯してもいない罪で突然連行され、8年の拘留を宣告される。釈放後、不本意な映画で失敗。以後8年間沈黙する。90年『動くな、死ね、甦れ』でカンヌのキャメラドール賞受賞。
カメンスキー、
ワシーリー
(1884〜1961)
未来派草創期の作家。原始主義的作風を特色とする。飛行士としても知られた視覚詩の先駆者の一人。小説『ステンカ・ラージン』。
カンディンスキー、
ワシーリー
(1866〜1944)
抽象絵画の創始者。長く外国にあり、14年にロシアに帰還。革命後イゾに入り、インフクの長となる。21年に亡命。代表作『芸術における精神的なもの』。
キエシロフスキ、
クシシェトフ(1941〜96)
映画監督。ポーランドのワルシャワ生まれ。大学で映画を学んだ後、数々の短編ドキュメンタリーやTVドラマを手掛け評判を呼び、76年に劇映画デビュー。代表作『デカローグ』『ふたりのベロニカ』『トリコロール』3部作。
キニスキー、
ジン
プロレスラー。カナダ生まれ。荒法師の異名を持つ。フットボールの花形選手だったが54年にプロレス入り。66年にルー・テーズを破って、第45代のNWA世界ヘビュー級チャンピオンになる。得意技はバックブリーカー。
キンスキー
クラウス
(1926〜91)
ナスターシャ
ポーランド生まれ。俳優。キチガイ。本名クラウス・ギュンター・ナクスツィンスキー。彼の詳しいエピソードはこちら。ナスターシャは娘で映画女優。『パリ、テキサス』などに出演。
クロソウスキー、
ピエール(1905〜?)

バルタザール(バルチュス)
ポーランド貴族の血をひくが、一説に父親は詩人のリルケであるとされる。画家のバルチュスは実弟。思想家、古典の翻訳家、異端神学者、俳優、サド侯爵の注釈家、ポルノグラファーと多面的な顔を持つ。
グロトフスキー ポーランドの演出家。
コワルスキー 映画『バニシング・ポイント』(1971年、米)のバリー・ニューマン演じる主人公。スピード(覚醒剤)をキメて、車を飛ばしまくり、衝突死する男。
コワルスキー、
キラー
プロレスラー。カナダ生まれ。殺人狂の異名を持つ。52年「絞め殺し」ルイスのもとに入り、修行を積む。198cm、130kg。得意技はフライング・ニードロップ、ストマック・クロー。上の写真参照。
スクロヴァチェフスキ、
スタニスラフ
クラシックの指揮者。
スタニスラフスキー ロシアの演劇家。著書に『俳優修行』『演劇におけるわが生涯」』
シクロフスキー、
ヴィクトル(1893〜1984)
フォルマリズムの文芸理論家。芸術を手法の集積とみなし、未来派の実験を異化の理論において意味づけた。代表作『桂馬飛び』『散文の理論』。
ジェフスキー、
フレドリック
ポーランド系ユダヤ人の音楽家。ライヴ・エレクトロニクスと即興演奏を追求したムジカ・エレットロニカ・ヴィヴァ(MEV)のメンバー。即興の混濁に聴衆の参加を作用させる「サウンド・プール」等。
ジャンスキー 電波天文学の祖。
スコリモフスキ、
イェジー(1938〜)
映画監督。ポーランドのワルシャワ生まれ。アマチュアボクサーとして活躍する一方、詩集も発表。ポランスキーの『水の中のナイフ』に参加した後、67年に『出発』をベルギーで撮り、ベルリン映画祭グランプリに輝く。
ストラヴィンスキー、
イーゴリ(1882〜1971)
ロシアの作曲家。1910年からは外国に住む。初期のバレエ曲では、高度な書法によって原始世界や感情の再現をめざした。代表作『春の祭典』。
スタロバンスキー、
ジャン
文学研究者。著書に『透明と障害』、『語の下の語』等。
スムルコフスキー、
ヨセフ(1911〜74)
チェコスロバキアの政治家。1930年に共産党に加入し、45年5月のプラハ蜂起、48年の2月のプラハ事変を指導した。
ゼパンスキー、
アヒム
ドイツのコンセプチャルなサウンド・アート集団「P16D4」に在籍後、先鋭的なテクノ/エレクトロ・アコースティック・レーベル、「ミル・プラトー」、フロア寄りのクラブ・トラックを送り出す「フォース・インク」、エクスペリメンタル・ミュージック専門レーベル「リトルネル」等を興す。レーベル名からしてジル・ドゥルーズの思想の影響大。
ソビエスキー、
リリー
ポーランド貴族の血をひくアメリカの若手女優。『アイズ・ワイド・シャット』での貸衣装屋の娘役が印象的。
タルコフスキー、
アンドレイ(1931〜86)
映画監督。ソ連のモスクワに生まれる。国立映画大学在学中に習作を共同制作し始める。62年に撮った長編第一作『僕の村は戦場だった』でいきなりヴェネチア映画祭グランプリ受賞。『惑星ソラリス』『ノスタルジア』他
チャイコフスキー
(1840〜93)
音楽家。ロシアのペテルブルグ生まれ。法律家を目指し、役人になる。後に音楽に取り付かれて音楽家に進路を変更し、モスクワ音楽院に入学。卒業後、同学院の教授となり、作曲活動に専念。コレラで急死
チョムスキー
ノーム(1928〜)
言語学者。<生成文法>の発明で世界に名を響かせる。生成文法はデカルト主義的側面を持っており、人間の心的領域をかっこでくくることで言語体系を近代科学の領域に押し込むことを可能にする。
ドストエフスキー
(1821〜1881)
ロシアの作家。はじめは空想的社会主義に接近していたが、政治犯として4年間のシベリア流刑の後は、人道主義による社会改造の可能性を否定し、人間の本性のなかに非合理な黒い実存の流れをみるようになる。『罪と罰』他
ニジンスキー ロシアの伝説的なバレエ・ダンサー。後に発狂。あるいは、イギリスの名馬。種馬として大成功し、世界中にその血脈を広げた。
ネフスキー ロシアの東洋学者。
ブコウスキー、
チャールズ
(1920〜94)
作家、詩人。ドイツのアンデマッハに生まれる。3歳のときにアメリカに連れられロスで育つ。酒飲み、喧嘩好き、女垂らしとして名を馳せる。代表作『詩人と女たち』『ありきたりの狂気の物語』他。
ヘイロウスキー チェコの物理学者。ノーベル科学賞受賞者。
ボカノウスキー、
パトリック
(1943〜)
82年に発表した長編映画第一作『天使』でフランスを代表するアヴァンギャルド映画作家として伝説的な存在となる。絵画、写真、光学を学び72年に最初の短編映画『白粉をぬる女』でデビュー。『朝の食事』『偶然の分け前』。
ホドロフスキー、
アレハンドロ(1929〜)
映画監督。コミック原作者。ロシア系ユダヤ人としてチリに生まれる。サンチャゴ大在学中、パントマイムに魅了され53年に渡仏。67年にメキシコに戻り、『エル・トポ』を撮影。一大センセーションを巻き起こす。
ポランスキー、
ロマン(1933〜)
映画監督。フランスのパリに生まれる。幼い頃ポーランドに戻ったためナチスに迫害され、悲惨な生活を送る。舞台俳優活動後、映画を学び「水の中のナイフ」でデビュー。代表作「ローズマリーの赤ちゃん」他。
ポロンスキー、
ジョニー
アメリカの宅録野郎。デモテープが元ピクシーズのフランク・ブラックの目にとまり、96年にデビュー。
マヤコフスキー、
ウラジーミル(1893〜1930)
ロシアの詩人。鮮烈な視覚的喚起力をともなう実験詩で出発したが、革命後は一転してプロパガンダ詩を書く。政治と創作上のジレンマに苦しみ自殺。長詩『ズボンをはいた雲』、戯曲『南京虫』。
マリノフスキー、 文化人類学者。内容を目的としない、ただ話している状態に意味を求める『通信的会話』存在を指摘した。
マンチェフスキー、
ミルチョ
映画監督。代表作『ビフォア・ザ・レイン』
ミンコフスキー 精神医学者。
ミンスキー、
マーヴィン
人工知能の研究者。
ムソルグスキー ロシアの「5人組」と呼ばれる音楽家の一人。代表作に『禿げ山の一夜』『展示会の絵』等。
ラジコフスキー、
ミロスラフ
ポーランドで唯一のホーミー唄家。
ロバチェフスキー 非ユークリッド幾何学の創始者。

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